脳とカオス
東京大学工学部 合原 一幸

 二一世紀が脳の世紀であるという認識は正しいと思いますが、その一方で、カオス、フラクタルや複雑系といった非線形科学の研究がここ二○年ほどで大きく進展していることから、二一世紀は非線形科学の世紀でもあると考えています。脳と非線形科学は、おのおの広い分野をカバーしているため、当然、重複する領域が生じます。その領域のひとつの例として、ここでは脳とカオスの問題をとりあげてみます。
  カオスとは
 カオスにはおもしろい性質がたくさんあります。そのひとつの重要な性質は、少しずれると、そのずれが時間とともにどんどん広がってしまうということです。このことを、俗にバタフライ効果と呼んでいます。例えば、チョウが羽ばたくと台風二一号の進路に影響を与えるかどうかといった、たとえ話です。
 このカオスのバタフライ効果と命名したのは、アメリカNITの気象学者、ローレンツです。彼は一九七二年一二月に行った講演で、「ブラジルのチョウの羽ばたきがテキサスにトルネードを起こすだろうか?」といった表現でバタフライ効果の議論を始めています。また、映画『ジュラシックパーク』にもカオス学者が登場し、「北京でチョウが羽ばたくとニューヨークに嵐が起きる」と述べています。このように、バタフライ効果の表現自体がバタフライ効果をもって、時間とともにだんだん大げさになっています。ここで注意していただきたいのは、バタフライ効果自体はあくまでもたとえ話であって、現実の気象のダイナミクスがカオスかどうかは、結論がでていないということです。ただし、他方で、カオス的なシステムにはほとんどの場合、バタフライ効果があります。このバタフライ効果の話からわかるように、カオスは誤解されている点が多いため、今日はその誤解も解きたいと考えています。