ご挨拶

 20世紀には要素還元論(Reductionism)を基調とした科学技術が目覚ましい発展を遂げましたが、21世紀は俯瞰統合論(Bird's-Eye-View Integrationism)の色濃い時代になると考えられます。専門細分化された諸分野を俯瞰的に架橋・融合して新分野・新技術を創発することが、学問分野のみならず産業分野でも必須と考えられ始めました。
 このような異分野を架橋・融合して新分野を創生する過程・方法論をトランス・ディシプリナリティ(Trans-disciplinarity:TD)と呼びます。この概念は広く、協創(Co-Creation)、新結合(Binding・Innovation)、収束(Convergence)などの概念を含んでいます。このような概念についての議論は多いのですが、実行するための方法論はいずれも未成熟な状況にあります。それは、分析・分解の過程は順問題に、総合・統合の過程は逆問題に類似しているからでしょう。機械時計を分解するのは誰にでもできますが、一旦分解された部品を組み立てて、機能を発揮するシステムに戻すのは簡単ではありません。全ての部品を見ながら考える必要が生じます。
 この種の試みの最初は、フランス革命の際にコンドルセが情熱を注いだ「諸学問の共和国構想」だと思います。人類共通の重要問題、即ち、1.人口・食糧問題解決の統計表作成、2.循環型社会の実現、3.効率良い燃焼法の開発、を掲げて異分野の学者達を組織したのは18世紀のことでありました。このような異分野の架橋・融合の試みの多くが、連綿として成功しなかったのは、肝心要の方法論が明確ではなかったからだと思います。
 「脳科学と社会」研究開発領域の架橋型シンポジウムシリーズは、異分野間の俯瞰統合を現実に進めようとする試みでもあります。未だ不十分な点が多々あるかと存じますが、皆様の温かい御協力と厳しいご叱正を頂戴致したく、何卒よろしくお願い申し上げます。
領域総括 小泉 英明(株式会社日立製作所 役員待遇フェロー)