科学的発見とは何か−「泥沼」から突然「見晴らし台」へ 科学的発見とは何か−「泥沼」から突然「見晴らし台」へ 大学共同利用機関法人自然科学研究機構 朝日新聞社 NHK 総合研究大学院大学

中井直正先生の講演に関する質問


Q1:
(1)超巨大ブラックホール(またはその候補)が存在する銀河の名称をあげていただけませんでしょうか。
(2)銀河円盤と超巨大BHの複合天体形成プロセスについてこれまでにどのような考え方が提示されていますか。

A1:
(1)NGC4258, IC2560, 天の川銀河の中心, アンドロメダ銀河の中心などです。
(2)銀河円盤というよりも銀河バルジ(銀河の内側の丸くふくれた部分)と巨大ブラックホールの質量に相関があり、両者の形成過程が関係しているのではないかと推測されています。しかし、その理由はまだよくわかっていません。小さな銀河が合体して現在の大きな銀河ができたという銀河形成理論においては、小さな銀河にあった中質量のブラックホールも合体して巨大ブラックホールが出来たという説、またバルジ中の星団において中質量のブラックホールが形成され、それが銀河の中心に落ちてきて合体し、さらに周囲の星やガスを吸い込んで巨大ブラックホールができたとする説などがあります。

Q2:
一応、理科の教員をしていますが、重力崩壊した天体がブラックホールになる等のことは、何となく分かります。宇宙に何割くらいのブラックホールが存在するのですか?

A2:
銀河の中心に巨大ブラックホールが存在する可能性の程度により、片手で数える程度の数から数十個程度まで人によって異なり、またブラックホールが存在する状況証拠を示す銀河は数万個あります。(人によっては全ての銀河の中心に巨大ブラックホールがあると推測している人もいます)。

Q3:
水メーザーの発生するメカニズムを教えて下さい。

A3:
原理はレーザーと同じですが、宇宙空間では自然に発生します。もう少し詳しく言えば、地上の大気のように気体の密度が高い場合は粒子(分子)同士の衝突によってある2つのエネルギー準位にある粒子数の比が決まり、必ずエネルギーの低い方の準位により多くの粒子が存在するというボルツマン分布になります。ところが宇宙空間では気体の密度が非常に小さいために必ずしも粒子同士の衝突によってエネルギー準位間の遷移が起こるのではなく、自然遷移(アインシュタインのA係数)や電磁波の放射吸収(B係数)による遷移の方が卓越することがあります。この場合はボルツマン分布ではなくなるので、必ずしも下のエネルギー準位にある粒子の数が多くなる必要はありません。水(気体なので水蒸気)分子はその構造によりある2つのエネルギー準位間において、遷移確率(A係数、B係数)をいろいろ計算すると下の準位よりも上の準位にある粒子(水分子)の数が多くなる2準位が存在します。この場合、エネルギーの高い準位により多くの粒子があるので不安定な状態であり、外からその2準位のエネルギー差に相当する振動数の電磁波が入射してくると誘導遷移を起こして上の準位から下の準位に遷移し、電磁波を放射します。これが水分子間で次々に発生すると非常に強いメーザーを起こします。

Q4:
大変面白い話をありがとうございました。水のメーザー発振(22GHz)のエネルギー準位はどことどこの間ですか。励起(負温度)生成の機構は何ですか。

A4:
水分子の回転量子数Jとその射影であるKa、Kbで表わして(J_KaKb)=(6_16 - 5_23)の間の遷移です。宇宙空間では気体の密度が非常に低いため、2つのエネルギー準位間の遷移が粒子(分子)の衝突よりも電磁波の放射吸収による遷移の方が卓越する場合があります。その状況において、水分子はその構造によりJ_KaKb=6_16の準位に上から遷移してくる確率と下に遷移する確率の差によるその準位での滞留確率が同様なJ_KaKb=5_23の準位の滞留確率よりも大きくなります(上の準位の粒子数が多くなる)。これは不安定な状態なので、その2準位間のエネルギー差に相当する振動数の電磁波が入射してくると誘導放射を起こして上の準位から下の準位に遷移します。これが水分子間で次々とカスケード的に起きると強いメーザーが発生することになります。

Q5:
アルマはなぜチリがいいのか。2つのガス円盤の境目の問題と未知の可能性の両面でもう少しご解説くださるとよい。

A5:
電波でも周波数が高くなると大気中の酸素や水蒸気などによって宇宙からくる電波が吸収されてしまいます。したがって地上で良い観測をするためには酸素や水蒸気が少ない土地に望遠鏡を置く必要があります。チリ北部は砂漠地帯でよく乾燥しており、また標高が5000mもあるので酸素も水蒸気も少ないので宇宙から来る電波がよく地上まで届き、観測に有利なのです。ガスは広がっており粘性もあるので、2つのガス円盤が異なる方向に回転しているとその境界でガス同士が大規模に衝突している可能性があるので、どのような構造になっているのか大変興味があるわけです。

Q6:
メーザー作用の結果の水素からの電波を観測されているとのことですが、
(1)励起水素があると理解してよいですか?
(2)とすると、その分布密度と分布範囲の情報が得られませんか?(例えば、メーザー作用のないスペクトルと比較して弱い?)

A6:
(1)水素ではなく、水(水蒸気)です。励起した水分子があります。
(2)(質問内容が十分には理解できませんが、)水分子の分布と運動を観測的に求めて高速で回転しているガス円盤が見つかりました。

Q7:
なぜものを吸い込むブラックホールから長大なジェットが生じるのですか。

A7:
ブラックホールに必ず落ち込んで抜け出ることができないのはブラックホールからある距離(重力半径またはシュバルツシルト半径と呼びます)より内側です。その距離より外側では必ずしも吸い込まれるわけではありません。銀河の中心に巨大質量のブラックホールがあると、その周囲のガスがブラックホールの引力によって回転しながらブラックホールの方向に流れこんできます。ところが重力半径よりももっと遠くのところで大量のガスが集まり、高速で回転するためにガス同士の摩擦で非常な高温になります。そのためガスは非常に明るく輝いてその輻射圧でガスを吹き飛ばしたり、ガスにからみついている磁場がねじれてその磁場のエネルギーでガスを吹き飛ばすと考えられています。