脳とコンピュータ
東京大学工学部 甘利 俊一
私は数理工学を専攻しています。その立場から脳をどのように見ているのか、そして数理工学・数理科学が脳の研究にどのような寄与ができるのかを中心に話すことにします。
この世の中には現在、情報処理をする非常に優れた装置が二種類あります。一つは、脳です。われわれは柔軟で優れた情報処理を行っています。緊急の際にも臨機応変に判断ができ、適切な行動をとることができます。もう一つの装置はコンピュータです。コンピュータは開発されてから約四〇年と、まだ半世紀にもなりませんが、その能力はものすごい勢いで発展してきました。現在のテレビゲームなどは昔では考えられませんでした。ほとんどの若い人は何らかの形でコンピュータに親しんでいるかと思いますが、コンピュータはこれから社会のすみずみにまではいりこみ、単なる技術ではなく社会生活のあり方、文明のあり方までをも支えていくと考えられています。
コンピュータと脳という優れた装置は、その仕組みが同じなのか、違うのかが気になります。コンピュータは人間がつくったためその仕組みはよくわかっていますが、脳は、われわれがひとつずつもっているにもかかわらず、その仕組みはまだよくわかっていません。そこで、『脳の世紀』でこれからおおいに研究しようというわけです。
たぶん、皆さんは脳とコンピュータは違うと考えていると思います。「おれの脳の働きはコンピュータみたいな頑固なものではない。もっと優れた人間性が宿っているんだ」と考えておられると思います。では、どこが違うのかを情報処理の立場から考えてみることにします。
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