記憶の大脳メカニズム
東京大学医学部 宮下 保司
私は、脳の高次機能と呼ばれているわれわれの能力が、現在どの程度明らかにされているのかという点について具体的に紹介することにします。
記憶とは
「記憶」というと、すぐに「今日の昼ご飯になにを食べたっけ」とか「最近どうも物忘れがひどくて人の顔がよく憶えられない」といった話をしますが、このような視点とは別の側面として、記憶が私たちにとって重要な意味をもつという点を初めに簡単に思い出してみます。
一人の人間のなかに複数の人格が共存し、それぞれの人格が交代に現れてくるという例は、『ジキル博士とハイド氏』という古典から、最近では『二十四人のビリー・ミリガン』という裁判にもなった事例があります。ビリー・ミリガンの事例は、二四人の複数人格が一人のなかに共存していて、そのうちの一つの人格が強盗殺人を犯しているのに、ほかの人格は犯罪の記憶すらもっていないということが、実際に裁判で主張されています。このような例から逆に、私たち自身は、なぜ普通は一つの人格しかもっていないのかという疑問をもつことも正当であろうと思います。自分自身がこれまでに、いつ、何をやり、何を感じてきたかという記憶を私たち自身がもっていることが一つの重要な要素であることは明らかです。実際、記憶を失うことが人格の崩壊につながっていくような具体例については吉田充男先生から紹介されると思います。
以下では、脳のメカニズムという観点からもう少し焦点を絞り、実験室で厳密にテストできるような、物を見て、その形を憶え、あとでその形を思い出すというタイプの記憶をとりあげてみます。すなわち、連想的、視覚的な記憶のメカニズムを考えてみます。
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