視覚の計算過程
京都府立医科大学 外山 敬介

中西先生から脳の分子的な記憶機構に関するお話がありましたが、私は脳の計算過程について紹介することにします。最初は理論的な脳の計算論、特に視覚認知に関して触れ、次に計算過程に対応する脳の興奮の循環をオプティカルレコーディングという手法を使って調べた成果について紹介することにします。

視覚認識に関する不良設定問題

 脳の情報処理を、計算機による計算と見なして研究するという脳の計算論は、最近の神経科学において有力な研究の手法・戦略の一つになっています。この計算論の考え方で脳の機能をとらえていくと、必ずといってよいほど不良設定問題(イルポーズプロブレム)につきあたってしまいます。つまり、脳が行っている機能は、普通の計算手続きでは解けないような問題を解いている、ということになります。このことを視覚認知に関して具体的に説明すると次のようになります。
 われわれが目で見る世界は三次元ですが、それを目の網膜では二次元の映像としてとらえています。その二次元情報は、視神経を介して脳に送られていきます。脳では、送られてきた二次元の情報を処理・解釈してもとの三次元の世界を推定・認知しています(図一)。この過程に問題を内包しています。すなわち、三次元の情報を二次元の情報に変換すると、必ず情報が失われてしまいます。そして、二次元情報をもとにして三次元情報に復元する場合、情報不足に起因するよるさまざまな計算上の困難が生じることになります。その矛盾をいかにして解決していくかということが、視覚認識の不良設定問題といわれるものです。