プログラム
第一部 講演
21世紀の進化学の最前線とその教育 |
「植物になる進化」
井上 勲 (筑波大学)
真核細胞で光合成を担う葉緑体は、シアノバクテリア(ラン藻)が真核生物の細胞内に取り込まれたものである。最初にシアノバクテリアを取り込んだ共生は、一次共生、その結果生まれた光合成生物は一次植物と呼ばれる。灰色、紅色、緑色植物が一次植物と考えられている。では、褐藻類やミドリムシなど、それ以外の光合成生物は、どのように進化したのだろうか。一次植物の紅色植物と緑色植物が、従属栄養を行う真核生物の細胞に再び共生することで生まれたことが明らかになっている。この共生は二次共生、その結果生まれた光合成生物は二次植物と呼ばれる。褐藻や珪藻などの不等毛植物は紅色植物を、ミドリムシは緑色植物を二次共生で細胞内に取り込んで葉緑体を獲得し、光合成生物として進化したものである。 二次共生は、今も複数の原生生物で進行し、 また現存する植物門の3分の2は二次植物である。 植物の多様化に大きな役割を果たしていることがわかる。
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「ダーウィンを超えて植物進化を解く」
長谷部 光泰 (基礎生物学研究所)
ダーウィンを始めとして、現代進化学者ですら解けていない大きな 問題があります。複合形態の進化です。進化の源は突然変異です。 突然変異率は低いので、現在あるものをすこしずつ変えながら、進 化は徐々に進むはずです。しかし、目や手は少しずつできあがって きたのでしょうか。中途半端にできあがった目や手を持った生物 は、それを持たない生物と比べて有利だとは思えません。あるい は、サルがキーボードをたたいて、いつかはシェークスピアが書けるでしょうか。これはまず不可能です。しかし、生物には、できあ がった形を見ると極めて良くできているけれども、それがどのよう に出来てきたかはよく分からないものが多くあります。このよう に、いろいろな要素がそろって始めて役に立つ形態を複合形態と呼 びます。では、このような複合形態はどのように進化してきたので しょうか。この問題が解けないために、創造説では神の手を求める わけです。
ところで、絶滅した生物は化石でしか研究することができませ ん。しかし、現在生きている生物を改変することによって絶滅して しまった生物に似た形の突然変異体を作り出すことが可能です。 我々は、偶然、コケ植物の突然変異体を解析する過程で、絶滅した 最古の大型陸上植物化石に似た植物を作りだすことに成功しました。
この人工化石植物の解析から、特定の遺伝子が変化するといろい ろな形質が変化しうること、さらに、ある形態ができると自然に別 な形態もできあがる自己組織化が起きうることを示し、複合形態が 神の手無くしても進化しうることを考察したいと思います。
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「共生と生物進化」
深津 武馬 (産業技術総合研究所)
自然界において、生物というのは周囲の物理的な環境はもちろんのこと、他のさまざまな生物とも密接なかかわりをもってくらしています。すなわち、個々の生物というのは生態系の一部を構成していると同時に、体内に存在する多様な生物群集を含めると、個々の生物それ自体が1つの生態系を構築しているという見方もできるのです。
非常に多くの生物が、恒常的もしくは半恒常的に他の生物(ほとんどの場合は微生物)を体内にすまわせています。このような現象を「内部共生」といいますが、これ以上にない空間的近接性で成立する共生関係のため、きわめて高度な相互作用や依存関係がみられます。このような関係からは、しばしば新しい生物機能が創出されます。共生微生物と宿主生物がほとんど一体化して、あたかも1つの生物のような複合体を構築する場合も少なくありません。
本講演では、このような共生と生物進化の関わりについて、その多様性、相互作用の本質、進化的な意義など、基本的な概念から最新の知見までをわかりやすく紹介します。
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「脊索動物の起源と進化」
佐藤 矩行 (沖縄科学技術研究基盤整備機構)
Darwinが「種の起源」を出版して生物の進化を世に問うて以来、我々ヒトを含む脊椎動物の起源の問題は研究者のみならず一般の人々の強い関心を引きつけてきた。当時の動物学においては、背骨をもつ脊椎動物と背骨をもたない無脊椎動物の間はいわゆるミッシングリンクであった。その後 Kowalevskyが、ホヤの幼生の尾部に脊索が存在すること(尾索類)、またナメクジウオ成体の背側に頭部の先端まで貫く脊索があること(頭索類)を見つけ、これらを原索動物と名づけ、無脊椎動物から脊椎動物への進化を理解する上で重要な動物群とした(脊椎動物では脊索が発生の過程で椎骨に置き換わる)。しかし、この3群の関係が長い間不明であった。私達の研究グループは、02年にホヤ、08年にナメクジウオのゲノムを解読し、ナメクジウオが脊索動物の祖先型に最も近い動物であることなどを明らかにした。1世紀以上にわたって続いてきた脊索動物の起源と進化の問題を、最近の研究をもとに議論する。
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「ゲノムからみた脳・神経系の起源と進化」
五條堀 孝 (国立遺伝学研究所)
脳をもつ最も古い生物は、扁形動物のプラナリアと言われている。プラナリアは、いわゆる前口動物と後口動物が分岐する直前くらいに出現してきた生物である。一方、それより古くに分岐した刺胞動物のヒドラは、神経細胞やネマトサイトという運動制御細胞が体中に分散して存在し、脳のような中枢神経は持っていない。そこで、プラナリアとヒドラの脳や神経細胞などからDNAチップを用いて特異的に発現する遺伝子群を同定した。
これらの遺伝子をヒトやマウス等の他の生物種のゲノム上の遺伝子と比較して、それらの遺伝子の進化過程を追跡した。その結果、非常に保存的に存在する遺伝子グループとダイナミックに変化して新たに生まれたり逆に消失したりしている遺伝子グループの両方が存在することがわかってきた。このように、ゲノム比較に基づく脳や神経系の進化研究の最前線を紹介する。
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「危機から生まれた哺乳類:脳進化」
岡田 典弘 (東京工業大学)
約3億年前に爬虫類と哺乳類の系統が分岐した後に、2億5千万年前に起こった最大の大絶滅 (P-T mass extinction) がこの後の此の両系統の様々な形質を決定したと考えられる。此の大絶滅の原因は良くわかっていないのだが、此の時期以前(ペルム紀)には30%近く有った大気中の酸素濃度が、此の後(三畳紀)には10%台に激減し、96%に及ぶ種の絶滅を生き延びた両系統の祖先たちはこのような過激な環境を生き延びる為の適応を強いられたからである。哺乳類の祖先が、横隔膜を獲得し二次口蓋を閉じたことは此の低酸素濃度への適応であると考えられる。更に、我々の祖先が新しい耳骨や、賢く生きる為の哺乳特異的脳(大脳新皮質)を獲得したのは、爬虫類の祖先が地上を支配した事による夜行性への移行への適応と想定される。此の時に、DNAレベルでは、レトロポゾンが外適応(exaptation)を起し、哺乳類特異的形質の出現に貢献した。
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「迅速な適応性:昆虫の学習と進化ゲーム」
嶋田 正和 (東京大学)
動物の学習行動や表現型可塑性は、個体 1世代の時間スケール内で迅速にさまざまな対応が可能であり、これにより生理的適応や行動的適応を示す。これに比べて、突然変異と自然選択による進化的適応ははるかに長い時間を要する。動物が示すこの2つの時間スケールでの応答は、20世紀前半のシュマルハウゼンやボールドウィンによってその関連性のメカニズムが示されたが、その理解は広くは浸透しなかった。同様に、1970年代に提唱された進化ゲーム理論は社会学習の局面で使われ、進化か学習かの区別は専門家ですら意識しない。
今回の講演では、寄生蜂を材料にして、性比調節の進化ゲーム理論の予測に合う行動や、性比調節の進化には変異が遺伝すること(ダーウィンが考案した自然選択が作動する3条件の一つ)、さらには、寄生蜂の学習がもたらす複雑な個体数動態(宿主2種の交代振動)を示す。これにより、学習による行動的適応は間接効果を介して自然選択による進化的適応をドライブし、両者は強い関連性をもつこと を解説する。
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「中高生にどのように進化を教えるか?」
中井 咲織 (立命館宇治中学高等学校)
現在でも、中高の生物の教員さえ、「進化はどのように起こるのかまだよくわかっていない」と認識している人は少なくない。しかし、中学や高校で学ぶ程度の進化のしくみはすでに明らかになっている。中学や高校の生物分野で学ぶ事象のすべては進化によってもたらされたものであることから、進化の理解は生物を学ぶ上で必要不可欠である。
そこで本講演では、進化のしくみを授業でわかりやすく教える方法を提案する。
進化は「突然変異」と「自然選択」と「遺伝的浮動」の3つの要因で起こる。まず突然変異によって集団内に変異が生じる。この変異に自然選択(環境に不利な性質を持つものが取り除かれること)がかかると、その環境に適した性質に進化する。これが適応進化である。一方、変異に遺伝的浮動(偶然の振れによって集団中の遺伝的構成が変化すること)がかかると、環境に中立な形質が進化する。これが中立進化である。生物が持つすべての形質は、この適応進化と中立進化の両方が働いて生じている。
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第二部 パネルディスカッション
進化教育と生物多様性条約の動き |
進行 : 嶋田正和、中井咲織
パネラー :
井上勲、長谷部光泰、深津武馬、佐藤矩行、
五條堀孝、岡田典弘、伊藤元己(東京大学)
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※プログラムは都合により一部変更となる場合がございます。